パン種が、粉全体を膨らますように

 わたしが彼らを増やす。
数が減ることはない。
わたしが彼らに栄光を与え、
侮られることはない。エレミヤ書30:19

 イエスは別のたとえをお話しになった。
「天の国はパン種に似ている。
女がこれを取って三サトン(約38リットル)の粉に混ぜると、
やがて全体が膨れる。」マタイ13:33

 Ⅱペテロ1:16~21
 箴言16:18~33(通読箇所)
   (ローズンゲン日々聖句6/21;金)

 天の神、主、
「『わたしはある(I am)』という者」と名乗られる方は、
ご自分の民のはなはだしい背き、
立ち帰るよう呼びかけても呼びかけても、
自分の理性の善し悪しの判断に従うばかりで
帰って来ようとしないご自分の民を、
これ以上放置できなくって、
バビロンを用いてこれにさばきを実行されたのですね。

 神殿は破壊され、
エルサレムは廃墟となり、
民は捕囚となってバビロンに移されて。

 そのときにも神である主は、
なお、エレミヤを通して言われるのですね。
「見よ。
わたしはヤコブの天幕の繁栄を元どおりにし、
その住まいをあわれもう。
町はその廃墟の上に建てなおされ、
宮殿は、その定められた場所に建つ。
彼らの中から、感謝と、喜び笑う声がわき出る。
わたしは人を増やして減らさず、
彼らを尊くして、軽んじられないようにする。
その子たちは昔のようになり、
その会衆はわたしの前で固く立てられる。
わたしはこれを圧迫する者をみな罰する」(エレミヤ30:18~18~20新改訳)、と。

 「天の国」、「神の国」には、
今、来ている「神の国」と
やがて来る「神の国」の二面があるようです。

 イエスによって、
そして、イエスを通して来てくださる【聖である霊】と呼ばれる方によって
来ている「天の御国」、「神の国」、「神の統治」は、
ちょうど、パン種が練られた粉全体を膨らますように、
この世の中全体に浸透し、
良い影響力を及ぼしているのだそうです。

 イエスに関するこの喜びの音信は、
弟子たちが、
イエスが捕縛されるとき、
イエスを見捨てて逃げてしまった後悔から考え出した
作り話のどではないのですね。

 ペテロは言います。
私たちは、「キリストの威光の目撃者」として証言しているのだ、と。

 だから、「聖書の預言のみことば」を、
夜明けとなって、明けの明星が心の中に上るまでは、
暗い所を照らすともしびとして、
それに目を留めているように、と。

 その預言は決して人間の意志によってもたらされたのではなく、
聖霊に動かされた人たちが、
神からのことばを語ったものだから、
人の私的解釈を施さず、
神の御心を聞いていくように(Ⅱペテロ1:16~21)、と。

 高ぶりは破滅に先立ち、
みことばに心を留める者は幸いを見つける。
人の目にはまっすぐに見える道がある。
その道の終わりは死の道である(箴言16:18、20、25)、こともあるようですから。

 私たちも、
神のことばへの信頼により、
世界に満ちている神の働き、
神が与えて下さる栄光の中へと。
今日も。

(近くの教会を知りたい等の方、
また、婚活で広く出会いを求めたい、
教会に行っていないけれど、
葬儀をキリスト教でしたい、
等の方、
お問い合わせをshkhknsyg4@yahoo.co.jpへどうぞ。)

〈日本仲人協会 https://www.omiaink.com/ 認定〉
〈(復活社 http://www.sougi8849.jp/index.html 〉

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