幸いなのは

神の言葉:
お前たち(イスラエル)は、
わたしが繰り返し語り続けて来たのに
聞き従おうとしなかった。エレミヤ書35:14



 幸いなのは
神の言葉を聞き、
それを守る人である。ルカ11:28



 Ⅰテサロニケ1:2~10
 Ⅰコリント10:14~22(通読箇所)
   (ローズンゲン日々聖句2/20;木)



 天の神、主】、
「『わたしはある(I am)』という者」
と名乗られる方(出エジプト3:14)は
繰り返し語りかけておらえれるのだそうですけれど、
私たち人間は、自分の理性による善悪の判断を優先して、
この方に聞き従おうとしないようですね。



 けれども、イエスは言われます。
「幸いなのは、神のことばを聞いてそれを守る人たちです」、と。



 神の言葉は、
これを伝えることをゆだねられた人たちによって、
ことばだけでなく、
力と聖霊と強い確信を伴って、
私たちのところに届いているのですね。



 それで、多くの人が聖霊による喜びをもって
みことばを受け入れ、イエスに倣(なら)う者となっています。



 自分一人で善悪を判断していく
自分の理性を神としているところから
生けるまことの神に立ち返り、
この神に仕えるようになり、
人となられた【御子である神】、イエスが
天から来られるのを待ち望むようになって。



 この【御子】イエスこそ、
【父である神】が死者の中から最初によみがえらせた方、
やがて来る御怒りから
私たちを救い出してくださる方なのだそうですから。



 私たちのからだが、
食べた物、飲んだ物から出来ていて、
食べた物、飲んだ物と一つであるように(Ⅰコリント10:16~17)、
心にも、神の言葉を入れていくなら、
神と思いを一つにしていくことができるということなのでしょうね。



 天の神、主は、私たちが、
エデンの園でのアダムとエバのように
サタン(悪霊)のささやきに乗って、
自分の理性を神とし、
その善悪の判断で生きる生き方から、
神のことばを聞いて(読んで)、
イエスと同じように神と心を一つにする、
幸いな生き方に立ち返ってほしいと
願っていてくださるようですね。

今日も。



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