喜びがあふれて

主において常に喜びなさい。

重ねて言います。喜びなさい。

主はすぐ近くにおられます。フィリピ書4:4~5(12/22の週の聖句)



 あなたがたは
心から貧しい兄弟に与えなければならない。
彼に与える時は惜しんではならない。申命記15:10(口語訳)



 あなたがたの広い心が
すべての人に知られるようになさい。
主はすぐ近くにおられます。フィリピ書4:5



 ルカ1:26~38(39~56)
詩74(通読箇所)
  (ローズンゲン日々聖句12/22;Ⅳ日曜)


 主において〔主にあって(新改訳)〕、
イエスの十字架刑での処刑に合わせていただいて、
この、「神のひとりのようになり、善悪を知る」ようになって、
天の神、【主】に対立、対抗して、
「的外れ」になっている
私たちの〔生まれたときからの私〕という霊を
処刑された者、死んだものとしていただき、



 墓に葬られ、
三日目に死人の中から新しい霊のからだに復活し、
天の、【父である神】の右の座に復帰されたイエスが派遣してくださる
【聖である霊】と呼ばれる方によって、
【父である神】の御思いを心に置いていただき、
【父である神】の御思いの中にいるようになった者、
「主にある」者は、
常に、いつも、心に喜びがあるのですね。
湧きあがり、あふれて来る喜びが。



 その喜びが満ちあふれて、
惜しみなく施す富ともなっていくのだそうです。



 イエスの御思いの中におり、
そして、イエスが二度目に来られる日は
間近なのだそうですから。



 私たちをこのことに与(あずか)るようにするために、
【父である神】は、預言のとおりに、
ダビデ王の家系のひとりの処女マリヤを選び、
男を知らないままで(ルカ1:34)、
【聖である霊】と呼ばれる方によって
男の子、イエスを産むようになさったのだそうですから。



 聖なる者、いと高き方の子として
ダビデの王位を継ぐ者として。(ルカ1:26~38)



 けれども、王位につく前に、
まず、私たちの身代わりとなって、
私たちすべての人間の「的外れ」の責任をご自身の身に負い、
神に呪われた者となって、
十字架刑での処刑を受けられるのだそうですから。

愚か者のそしりをご自身の身に受けられて(詩篇)74:22)。 



 私たちも、【聖である霊】と呼ばれる方によって、
惜しみなく与えることができるほどに、
喜びに満たされて。
今日も。



(近くの教会を知りたい等の方、
また、婚活で広く出会いを求めたい、

教会に行っていないけれど、
葬儀をキリスト教でしたい、

等の方、
お問い合わせは、
shkhknsyg4@yahoo.co.jpへどうぞ。)



〈日本仲人協会 https://www.omiaink.com/ 認定〉
〈(復活社 http://www.sougi8849.jp/index.html 〉



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